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鵠沼で29年の実績 豊富な経験と最新の技術・鵠沼海岸駅1分 加藤接骨院

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地域に根差した接骨院です。信頼と経験と実績で鵠沼で29周年

午後の休憩室  tea time

もくじ
血統書つきオリンピックに思うマリナーズ のイチロー 258本目の記録ある昼下がりのひとこま その3
70代の男性との会話足が短いか長いか、脚調査をしていると朝一番ある昼下がりのひとこま その2
ある昼下がりのひとこま 
カメラと旅行 


血糖症つき
血統証つき
久々に患者さんに街で会った。彼は、見るからに体型が以前と違っていた。ズボンはサスペンダーで肩からズボンをつるしている。太いサスペンダーが細く見える。体型は見るからに120kgはありそうだ。彼が私に近づいてくると、肩で息をふうふうするのが聞こえる。不動産業にて街のことは詳しくあちこちで出会うことが多い。
「元気ですか?」と声をかけると彼も大きな声で答えた。元来、声も体も大きく 話も面白い。
男性:「はい、先生も元気ですか?」
「太った?」
男性:「一段と、太ったみたい」
「糖尿病の様態は?」
男性:「血糖値が高くって、ウチの家族は、みんな血統証つきでさ」
「血糖証つき、じゃぁ、こまっちゃうね」
男性:「これでもW医院の先生に処方もらっているんだけどね」
「そうだね、コントロールしていかないとね」
男性:「じゃぁ、失礼します」
今度、会うときはもっとやせているといいのだが。
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オリンピックに思う
オリンピックに思う
オリンピックをテレビ観戦してて思うことは、日本は随分とスポーツ競技全般に強くなったということです。
単に競技種目が多くなっただけでんはなさそうに思います。日本の選手が世界の名だたる選手に臆せず立ち向かう姿に随分と勇気付けられてたのは私だけではないと思います。
水泳の北島選手がテレビでこんなコメントがありました。その言葉が強く印象に残りました。確か、”自分が世界で一番なんだと“話し、”ある意味勘違い”と言葉を続けた時さすがに金メダリストは違うと思わせられてしまった。4年間必死で練習してきて、大変な重圧にうち勝たなければならない訳です。自分の力をその瞬間に自分の実力を出し尽くさないといけない訳ですから大変です。時間にしてたったの2分や3分で勝負が決まってしまうのですから、努力が報われる暇もないような瞬間なのです。視聴者はテレビ観戦しながら、どきどきしたり、わいわい興奮したりして騒いでして観ている方やら、ちょっとの間に急にトイレでも模様してトイレに行っている間に競技が終わってしまうようなほんの僅かな時間に勝負しているのです。競技者は、この瞬間に自分の体調をこの瞬間に合わせておく必要があるのです。何故なら4年間に一度の競技会だからです。オリンピックに向けて自分の肉体と精神を鍛錬してきた瞬間の自己主張なのです。
テレビを見ながら根性あるなーとか努力したんだろななどという単純なものではない事でしょう。オリンピック出場出来る人も限られ当然そこで自分の能力を余すことなく発揮しスポーツ競技者の芸術家とでも言って程の高い技術に裏づけされた競技者、記録を結果として残せる匠みだけがメダルを取れるのです。
北島選手にしても、はっきり金メダルとるという目標をもって競技をすることが努力して練習を積み上げた結果、根性を出して泳げる要因なのかもしれない。
ただ闇雲に、根性だとか努力だとかいう前にしっかりとした目標を持つことなのかもしれません。
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マリナーズ のイチロー 258本目の記録

日本人のだれもが、いやそれだけではないアジア人々が今回の記録に期待しているマリナーズのイチローが257安打にあと一歩と迫りました。これは、今もっとも注目の話題でしょう。今回のジョージ・シスラー記録に並ぶ257本目はもちろんのことですが、それよりも世界新記録の258本目でしょうか?これは何時記録を達成するのか?もしかしたら今日にも達成しそうな勢いです。
今まで、メジャーリーグの野球に興味がなかった人も今も、こぞってニュースを気にしていることでしよう。今、もっともイチローファンを良い気分にさせ、イチローファンファンを増やしていることでしょう。
今回のイチローの記録は、誰もが認める記録でしょう。この記録は、一朝一夜にして出来るものではないからです。日々の記録が週間記録となり年間記録にとなるわけですから大変です。一打席一打席が真剣勝負だと思うのです。先ず、メジャーで活躍できる実力と出場できバッターボックスに立てて続けないといけない訳です。自分の体調を保ち怪我や事故に備え続けなければ行けないのです。そうでなければこの記録を達成できないのです。
この記録を達成するには、球種を選んで打つような打者でしたら達成できなかったことでしょう。当然、ピッチャーがどんな球種を投げようが、イチローは内角、外角どんなボールでも打てないとここまでの記録には行かなかったことでしょう。彼のストライクゾーンは他の野球選手に比べて広いのでしょう。そして、この記録には面白いことがいくつかあることに気がつきます。単に安打記録だけではないように思います。敬遠の記録とか面白いかもしれません。
敬遠の記録は、それほどではないにしても、イチローの出塁記録とか調べたら面白いかも知れません。見えない記録も記録なのですから。
記録や経験は後からついてきます。人間だれしも良い記録を残したいものですし、そして、良い経験をしたいものです。イチローにならって、今日一日自分に何が出来るでしょうか?
平成16年10月2日
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ある昼下がりのひとこま その3
[どうなさいましたか?
患者さん:「先生、膝が痛いんです。」
「いつからですか?」
患者さん:「昨日、デパートの階段で転んだんです…。今日になったら余計に痛くって」
「それでは、診せて下さい…随分、腫れていますね」
患者さん:「先生、明日市内の老人会で伊香保温泉に行きたいんですが、大丈夫でしょうか?」
「急性の場合は、冷やさなくてはいけません。暖めると余計に痛み、腫れて治りにくいです。温泉は、症状が緩和してからでないと良くないですね」
患者さん:「何時頃、治りますか?」
「何日か通院して下さい」
患者さん:「…はい」
「一朝一夜には、治りません。例えて言うならば、“ローマは一日にして成らず“です」
患者さん:「はぁーそうですか?“老婆は、一日して治らず”ですか?」
「、、、、いえいえ」
患者さん:「老婆は、みんなそうですか?」
「すべてでは、ありません。其々に個人差があります。でも、すべての方は何時か老人になります。すべての道はロ-マに通ずです。例えがよくないかな?」
患者さん:「え、すべての道は老婆に通ずですか」
「、、、、、いえいえ、そんなに悲観することはありません。あなたは、とても若いですからちゃんと、痛みがとれれば、歩ける様になりますでしょう」
患者さん:「先生、私は87才になるんです」
「おっ、もっと、若いとおもったが、、、いやー随分若い」
患者さん:「そうですか、私の家系は早死にの家系なんです。早死にしないでしょうか?」
「早死に?、、、87才でしたよね」「先生、耳が遠いのでうまく聞こえません」
1度しかない人生おおらかに生きたいものです。
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70代の男性との会話
「腰の痛みどうですか?」
男性:「まあまあです、、、、、、先生、おれも別段、暇じゃないから痛みが楽にならないのなら来ないよ」
「はあ、、」
男性:「ところで、先生、今日腰が痛いから、あの電気であたためて欲しいだけど、、、」
「何時から痛みが出ましたか?」
男性:「いやーー昨日かな?」
「それじゃ、ちょっと見てみましょう」
「かなり、熱感がありますね。冷やしましょうか?」
男性:「冷やすんですか?」
「はい」
男性:「あっためて欲しいんですが。俺は別に先生に指図をするつもりはないが、俺はね、思ったことの半分も言えない気が小さい男でね…。希望を言っているだけなんだよ。自分の症状を言っているんだよ。治療の事は先生が決めてくれて良いんだよ。自分の事は自分で自分の症状を言わないと先生に分かってもらえないと思ってね。」
「ところで、”Sさん”痛みが出た原因は何ですか?」
男性:「おっ、まだ言ってなかったかな?」
「今日腰が痛いから、電気で温めて欲しいと言う希望は聞きましたが?」
男性:「腰を屈めたらぎくっといいって、それから痛いんだよ」
……
男性:「俺はね、ぎくっり腰だから、温めると良いと思ってね」
暖めるのか、冷やすのかどちらにするのか戸惑うかもしれませんが、一般的には、急性は冷やし、慢性は暖めると良いと思います。
炎症がどの程度なのか?判断材料になると思います。骨折、捻挫等は冷やすほうが良いと思います。急性から慢性に移行した時に戸惑うかも知れませんが、どちらを選択するのかを決めるときに気持ちよさを基準に決めていいと思います。また、慢性時に暖めると良いとおもいますが、暖めるほうは若干冷たいほうと比べると刺激が強くかぶれる方がいますので、注意したほうが良いでしょう。温熱性を高める為に南蛮等を塗布してあるものがあります。入浴時には、約前30分ぐらい前にシップを剥がしておかないと皮膚が敏感になってい為に若干ひりひりすることがありますよ。
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足が短いか長いか、脚長調査をしていると
「うーん、右脚が短いかな?」
男性:「先生、俺足長いんだけどなー、」
「イヤー長いのは分かるけど右が少し短いかな?って思うんだが?」
男性:「そうですか、短いですか、俺は胴も長いし、、、」
「Sさんは、気が長いから、、、、」
男性:「いやね、おれは鼻の下はめっぽう長くてね」
「はは」
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朝一番
今年の夏は猛暑が続いております。特に数日暑い日が続いています。
患者さん:「先生、こんなに暑いと私、接骨院と内科に通院出来ません。どうしたらいいですか?暑いときは、休んでいいですか?でも、毎日が歩くのが良いと思い暑くとも頑張って通院しております。ここの接骨院に寄り、それからスーパーで買い物してから自宅に帰るのよ。明日は、内科に行って診てもらおうと思ってね」
「体調は如何ですか?」
患者さん:「血圧は、安定しているんですが?明日内科の先生の所に行かないと薬がなくなるので行こうとおもっております。私ね、80歳のとき内科の看護婦さんに90歳ぐらいまで大丈夫よと言われたけど、私、来月90歳になるのよ。大丈夫かしら、暑くって干からびそうよ。本当に暑いわ…」
「脱水症にならないように気を付けて下さい」・・・何気ない言葉なのかも知れませんが、言葉は難しいものです。

その後

患者さん:「先日、内科に行ってあの看護婦さんに、私、もう来月90歳よって言ったら、看護師さんたらおめでとうって言ってくれたの。でも今回、100歳まで大丈夫よって!言ってくれなかったわ…何故かしら?100歳まで大丈夫かしら…」

「日本人の長寿ギネス記録は114歳だそうです。頑張りましょう。」

勇気づける言葉とは、どんな言葉だろうか?それとも笑顔?
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ある昼下がりのひとこま その2
中年の男性が午後の診療一番で来院した
男性:「背中が痛みます」
「背中のどの辺りですか?」・・・「ここに赤くなっている辺りですか?」
男性:「はい、こう見えても皮膚が弱いです」
「デリケートなんですね」
男性:「バリケードなんです」
「・・・ん!?」
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ある昼下がりのひとこま その1

ある昼下がりのひとこま その1
年末になり、中年男性が、やってきた。品の良くこじゃれた衣服を着こなし社長風の方だ。頭髪がやや、髪が薄くなって皮膚がかなり目立つ感じだ。
男性:「首が回らないです」
「首が回らないとのことですが、何か原因がありますか」
男性:「いや、景気ですかね。はは、、、」
「おきぬけから首が痛み、回らないとか?」・・・「では、頚部をみてみまみましょう」
男性:「はい、お願いします」
「首、そうですね。良くないですね」
男性:「借金で首が回らないです。へへ」
「、、、、、、、、、、、」
頭髪をなでながら・・・「もう、毛がなくて」
「儲けが無い?」
「、、、、、、、、、、」



カメラと旅行

学生時代にアルバイト先で知り合った友人とアメリカ旅行を決めた。当時、アメリカ建国200周年に当たり、この年アメリカ政府はテレビ等で建国200周年キャンペーンをしていた。そんなアメリカ旅行に意気投合し旅行に行くことにした。決断すると早速アメリカ旅行の準備をした。22歳の夏休みのことだった。81日に出発して831日帰国するという1ヶ月間の旅行に出かけた。持ち物は黒いかばん着替えとミノルタSRT-10150mmのアメリカを紹介したA6版サイズのの分厚い旅行ガイド本、標準レンズ、グレイハンドバスのチケットと小額の旅行小切手と現金だ。当時1ドルは280円ぐらいだったと記憶している。現在とは、2倍の貨幣価値だが、当時学生だった頃の僕の財布の中は、かなり大金に感じた。しかし、宿泊は、ユースホステルやYMCA等利用した貧乏旅行だった。

僕がカメラというと迷いも無くミノルタSRT-101の存在だ。その頃、特に一眼レフに憧れて使っていた訳でもなかった。実は、最初に兄がこのカメラを貸してくれたのだが、いつの日にか自分のカメラのように使用している僕の姿を見て、兄は僕にこのカメラをプレゼントしてくれた。今考えてみれば、兄から奪い取ったようなものだった。兄にとっては思い切った決断だったと思う。それからの僕は何時も旅行にはこのミノルタSRT-101持って出掛けた。何時も身近にこのカメラの存在があったからだ。当時よりもう一本ロッコール135mmレンズを持っていたが、壊したくないからという理由で135mmレンズをアメリカには持っていかず、50mm標準だけ持って出掛けた。

 後で、考えて見ると僕は、レンズまでお金が回らなかったとういのが正直なところでした。特に高いレンズを壊したくないという思いが強くあった。学生の小遣いでは高くて買えないという思いが、あったのも事実でした。折角、遠い国まで飛行機で行くのdすから、変な考えでした。行った先のアメリカが余りにも雄大さを目の当たりにして135mmレンズを持って来るべきだったと後悔したのは言うまでもない。

日本からサンフランシスコに到着して、街を散策して写真を撮り歩いた記憶はない。カメラで写真を撮るのは何か特別な事がない限り写真を撮らなかった記憶がある。現在のような風景写真や街並み等撮ることなど余り興味はなかった。

次に訪れたのは、ヨセミテ国立公園だが、ここでも沢山の写真を撮った記憶もない。ここどで、一人のアメリカ人青年に会いヨセミテ国立公園を案内してもらい、一枚岩のエルキャプテンを教えられた。雲に隠れるほどの高いエルキャプテンは印象に残っている。それは神々しいまでも頑強な岩を見て驚き今でも覚えている。その青年にコダクロームの利用を勧められた。その時のアメリカ人青年の写真もヨセミテ国立公園の写真も何故か撮らなかったは今考えてみれば不思議としか言い様がない。

しかし、写真といえば、それ以降何の抵抗も無くコダクロームを使用した。その青年からスライド写真を楽しむことを教えられたからだ。その時まで、スライド写真は特別なものと考えていたのだ。自宅に帰りスライド映写機で投影して旅行時のスライド映写機を使い楽しめるという事を彼から教えられた。それ以前は、ネガフィイルムしか使用したことが無かったのに、ポジフィルム使用してもそれど大きな失敗は無くコダクロームを楽しめた。

それから、学校を卒業して東京の病院から横須賀の汐入の整形外科に勤務する事になった。かつてより、何度か鎌倉に旅行者として来る度に鎌倉の地に憧れを抱いていた。もちろん横須賀に勤務することを決めた時から住まいは鎌倉と心の中で決めていた。鎌倉の御成町に住むことになり平凡なサラリーマンをしていた。
 ある日ある時、鎌倉に住んでいるのだから鎌倉の写真を撮ろうとそんな気になり始めたころだった。好きなん、街に住み、好きな街角や街並みの写真を撮りたいと思った。自分の給料で、始めてカメラを購入することにした。もちろんミノルタのSRT
101を使用していたので、ミノルタに親近感を覚えていたのも理由で躊躇無くミノルタのX700を購入した。

もちろん使用フィルムは、コダクロームでした。そのフィルム現像は、御成町のカメラ鎌倉堂でした。特にたいした写真を撮っていた訳ではなく何回か鎌倉堂に行き馴染みになり、鎌倉堂の店主M氏が、ある日、僕のコダクロームの現像した写真を見て「良い写真だね」と言われた記憶がある。余り人に写真を見せることは無かった。僕は初めて写真を褒められた気がした。すっかりその気になり鎌倉カメラクラブに入会を誘われると何の抵抗も無くカメラクラブに入会したのでした。入会してみて驚いた事はクラブ員の大部分の人が、ポジフィルムを僕と違った考えで使用していた。ポジフィルムのラチュードが狭く使いにくいにも拘らず使用していたのだ。僕は、今までにも増してカメラクラブに入会してからポジフィルムを多く使用するようになった。
今までを思い返しながらミノルタSRT10150mm標準レンズを手元に置いて見ていると懐かしい思いが蘇り不思議な気持ちになる。

中学生の時は藤沢、鎌倉に茨城県から観光バスで旅行に来た。また、東京に住んでいた時も友人と小田急線に乗り藤沢、江ノ島、鎌倉に小旅行に来た。また、カメラを持って藤沢から江ノ電に乗り海岸線を走り民家の軒下を掠めながら、鎌倉に小旅行きたいと考えている。古都鎌倉の奥深さを見つけにコダクロームをカメラに入れて、また出掛たい。
上記は鎌倉カメラクラブの会報に載せたものです。



加藤接骨院加藤接骨院

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